こまきねポンプの漢2人旅

写真撮る人と未来の宇宙飛行士の、世界一周日記ブログ。

おはようございます、西畑です。

少しお休みを頂きます。

 

 

祐太と旅を続けて84日。

 

彼と共に旅をして日々を過ごす事は僕にとって良い影響を与え、幸福をもたらしてくれます。

しかし、僕自身に様々な問題や不安があります。

不安定で落ち着かない精神状態では、このまま続けても疲労と狼狽に押し潰されてしまいそうで、自己嫌悪の渦から抜け出せずに深い井戸の底でとある蛙のように狭い思考しか持てない日々を過ごしてしまいそうです。

そこで、少しお休みを頂きます。

自分の過去とこれから、そして今の状態に整理をつける為にです。

 

先日とある機会があり、自分について文字に起こしました。

書いている時は「自分を見つめ、もう乗り越えられた」と自惚れ甚だしい状態にあり、問題はなかったのです。しかし書き終え、見返し、世の中に出す、となった時に激しく抵抗しました。

嘘を書いている訳ではなく、全て事実なのですが「これは本当に自分の意見なのだろうか、誰がこれを読んでどんな気分になるのだろうか」と考えると、酷い二日酔いの様に、お腹の辺りに気持ちが悪く消化出来ない蟠りが生まれ、それは全身に広がり身体の統制が上手くいかずに動けなくなってしまいました。

今まで処理しようともせずに蓋を硬く閉めて遠ざけていた物を、今更都合よく開けて観察しようとしても、その絡まりに巻き込まれ、自分の人間としての根幹さえも揺らぎ、生きてる事への執着が再び消えました。

幸い祐太が横にいたので、助けを乞い、ひとまずもう一度蓋を閉める事は出来ました。

自分の状態さえもわかっていないのに、他人へカメラを向けて切り撮り、平面へ落とし込む。自分に期待もしていないのに、ファインダーを覗き、世の中に期待する。

ボタンを弄りシャッターを押す事は出来ますが、それ以上でもそれ以下でもなく、僕でなくとも撮れる、誰でもカメラを持っていれば撮れる。そんな写真しか撮れない事への不安、焦り、つまらなさ、怠惰。

嘘では無くとも、どうしようも無く腑に落ちずに振れている言葉。

そういった物を生み出していた事と、最も目を背けてはいけない事から10年近く逃げていた事への当然の報いです。

 一度消えた執着を取り戻させて貰い、井戸から顔を出したと思っていたのは、結局は潜望鏡を覗いていたにすぎませんでした。

「祐太と旅を続けたい」「写真を撮りたい」この2つの執着は近頃自分の中に生まれ、漂っています。非常に不安定で掴み所がまだありません。

これを痛みを感じる様に当然の事として定着させる為にも、ご飯を食べて美味しいと言える為にも、もう少し歩く為にも、時間が必要と考えたので、一人でじっと過ごす事にしました。

 幸い祐太はこの提案を快諾してくれました。

ひとまず一週間。この時間が過ぎてどの様な変化があるのか、わかりませんし、もしかしたら何も変わらないかもしれません。

祐太は「そのままでもいいよ」と言ってくれます。この言葉は慰めや、気遣いでは無く、彼の本心である事はわかりますが、僕自身がこのままではいけないと強く思うのです。

2人で旅を続ける、またシャッターを切れる、また歩ける、わからない事を受け入れる、ご飯を食べる、よく眠る、そういった様々なコトへの覚悟が必要です。

 

 

過去に幹を切られ、枯れた切り株から再び芽を生やす事は容易ではないですが、水と肥料を与えてみます。 

 

 

 それでは。