こまきねポンプの漢2人旅

写真撮る人と未来の宇宙飛行士の、世界一周日記ブログ。

大虐殺博物館の話

ありがとうございます、石崎です。

 

6/26

今日はプノンペンで1番行きたかった場所、キリングフィールド/トゥールスレンへ行ってきました。

 

カンボジアではつい最近、ここ数十年前に300万人以上が大虐殺された悲惨な出来事がありました。

皆さんご存知でしたか?

 

僕は以前にたまたま親戚からこの話を聞く機会があって、命について時間をかけて考えながら旅をしていました。

 

旅人である以上、避けては通れない「世界の真実」と向き合う瞬間の一つです。

 

ここから先は本当にショッキングな内容なので、興味がない人は今日はここまでにしておいてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の記事を、どう書くべきかかなり考えました。

内容に触れないという選択肢は無いし、感じたことに嘘をつきたくもない。

カンボジアに行って実際見てくださいと言って済ませても、実際現地へ行く人なんてほとんどいない。

 

僕自身は気持ちに整理がついています。

キモい言い方をするなら、真理を見ています。

 

だからこそ言えることは、この大虐殺は紛れもなく事実であって、蓋をしておいて知らないふりをするのも自由。蓋をあけるのも自由。

 

だったら、少しだけ蓋をあけたい人のために、この記事を書こうと思いました。

 

 

と前置きはここまでで、いきましょう。

 

この大虐殺の経緯は非常に話が長いので簡潔にまとめると、ポル・ポトという人間がカンボジアで革命を起こしました。

 

そして彼にとっての反乱分子を大量に虐殺したのです。その反乱分子とは、主に都市部に住んでいた罪の無い多くの住民たちでした。

 

ネットで検索すれば、たくさん記事が出てきます。

 

 

まずは、キリングフィールドへ。

名前の通り、ここで無数の犠牲者が無残に殺されました。

 

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この塔が目印のチュンエク大量虐殺センター(キリングフィールド)に到着。

 

今まで耳にした単語でもトップクラスの響きです。

 

それでは連続でアップしていきます。

覚悟してご覧ください。

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この建物の中には、犠牲者の所謂ガイコツや骨が何段にも積み重ねられています。

また、犠牲者が着ていた衣服や、処刑する際に使用された武器、道具が展示されています。

 

銃で殺されることはありませんでした。

なぜなら費用が高くかかるからです。

 

お金の掛からない斧やナイフ、鉄器などが主に使用されていました。

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墓地。

首は全てはねられた遺体が何百も積み重ねられたそうです。

 

死体の山には化学薬品がかけられます。

悪臭を消すために。そして死体の山の中で、まだ息がある生存者を完全に殺す為に。

 

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幼児など身体が小さい子どもは、兵士に両足をもたれ、この木に頭を打ち付けられて殺されました。

血や脳がこびりついていたそうです。

 

 

他にも多数紹介すべきスポットはここにはありますが、次の場所へいきたいと思います。

 

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トゥールスレン虐殺博物館

 

当時は学校の校舎だった建物が、反革命分子かどうか尋問し、収容する施設として使用されました。

 

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異様な空気です。

 

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実際の拷問器具がそのまま残っています。

床には血の跡も。

 

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人々が隔離された独房。

足には鉄の拘束具をつけられ、閉じ込められていました。

 

この独房が向かいあう廊下を歩いていると、今にも扉の中から、誰かが、何かを、僕に向かって叫んできそうで、最も空気が重く感じた場所でした。

 

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突然のスコールで館内まで水浸しの中、最後まで見学しました。

収容された人たちの顔写真。

 

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中心には慰霊碑。

 

以上です。なんとか、見学を終えました。

つい最近起きた悲劇。

現在の活気溢れる街が、逆に不気味に思うほどにギャップが激しいです。

 

いかがでしたか?

率直に何を感じ、何を思いましたか?

ここのコメントでも、LINEでもTwitterでもなんでも良いので、僕に聞かせてください。

 

僕の意見を書くと本当に長くなるので、また個人的にお話しします。

 

一つだけ言うのなら、僕たち日本人からすれば最低だ!と思うような状況が、昔も、たった今も、そしてこれからも世界のどこかであって、僕たちは知らないだけ。この世界は残酷だということです。

それでも皆、生きている。

 

明日も自分の人生を胸張って生きていきます。